2013.03.25

呑龍文庫ももとせ

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wasavi-designは群馬県太田市にて、呑龍文庫ももとせを運営しております。

この度、キッチンを改装し、モダンなカウンターキッチンといたしました。
席数も増え、空間も広がりを感じられるようになりました。

カウンター席は天井が低く、こもる雰囲気。
狭い空間から抜けたホール、外の景色は、広がりを感じ、不思議と落ち着きます。
この相反する感覚が店内にでき、さらに居心地がよくなりました。

日本を強く押し出すショップです。
「和でなくて日本」は、wasavi-designとしても目指しているテーマ。

和風という言葉は洋風に対となるようにできた最近の言葉。
「風」ではなく、本来のクラシカルな日本式を追いかけたい。

まだまだすべてにおいて未熟で模索しながらの研究です。
スタッフ全員で人生経験を積みながら、
それらを仕事や空間を介してご提供できればと考えております。

wasavi-designの経験がすべて詰まっている呑龍文庫ももとせ。
ぜひ一度、足をお運びください。

営業日時は
金、日、月 正午から午後7時ころまで
土 正午から午後10時ころまで
となります。
お待ちしております。

太田 カフェ 日本茶

太田 カフェ 日本茶

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2011.11.06

最近、写真について思っていること。

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最近、こういった旅行に行っても写真を撮らなくなった。
今回も5Dを持参しているけども、ほとんどシャッターを押すことはなく。

写真に撮ると、そのことに安心してしまって、脳内に感情や情報が留まらないように感じる。
撮った大量の写真も、後から見返すことはほとんどなく・・・

それよりも、写真を撮らないことによって、
忘れないぞ、いつかこのネタ使うぞ、という強い念みたいな物と共に記憶にとどめたほうが、
ふっとしたときに、そのものの形ではないけど、
知識や経験として不意に出てくるような気がする。

あれ、これ、どっかで見たことあるような・・・
こういうときは、これが合う!
みたいな、インスピレーションのようなものに変わっていくような。

最近はこんなことをずっと思っているので、
今回の視察旅行でも、ほとんど写真を撮らなかった。

記録よりも記憶・経験として、物事は脳内にとどめていきたい。

もちろん、思い出としての、ピース写真みたいな写真はじゃんじゃん撮りますよw


2011.04.12

静岡視察 1.CRAFT CONCERT

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4/9、10と、静岡視察旅行に行ってきました。
ART&CRAFT 静岡手造り市を軸にして。
静岡は御殿場、静岡、浜松と、こういうフェアが盛んだね。
作家さんが多い県なんだろうか。

期日前投票を済ませ、昼に東京発。
15時頃に静岡に。

最初に向かったのは、
ウェグナーに座ろう展でお世話になったお店。
あの展示会から3年半経って、やっとお伺いできました。
憧れのお店だったのです。

静岡I.C.についたときは、
やっぱり典型的な街風景でガッカリしたけど、
お店に近づくにつれて、新緑、深緑、そして、桜のピンクで綺麗なモザイク状の里山がどんどん近づいてきて。
風景も一遍。
とてもステキな場所だ。

路地の奥の奥にあって、
うねった道のカーブを曲がるたびに、まだか、まだか?と。
とてもワクワクする道。

CRAFT CONCERT
自分の思い描いていた夢の世界がそこに。
日本家屋+北欧。
まさしく、理想。

これに、伝統的な日本様式も織り交ぜたような空間を作るのが夢。

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ここから別館です。

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亭主と、その奥様と、3時間ちょっと話しこむ。
とてもとても刺激を受けて、楽しい時間でした。

亭主とのお話で、印象に残った話。

【道が曲がりくねっているから、いい】
CRAFT CONCERTさんは、曲がりくねった路地の奥にあります。
曲がった道は、先が見えない。
このカーブを曲がったら、何があるんだろう。
カーブを曲がったら、ふわっと広がる視界。
また違った里山の風景。
まっすぐに整備された都市の道では出せない演出。

【山が勝手にいろいろ与えてくれている】
すぐそばの里山に沈む夕日を眺めながら。
四季おりおりの風景を見せる里山。
村、集落の庭の木々。
こちらが何をしなくても、周りの山は勝手に季節感や、風景や、提供物を与えてくれる。
とてもありがたい、と。

この風景を眺めながら、よく仲間とお酒を呑むそう。
ステキだ。
こういう空間を、ぼくも作りたかったんだ、と、思い出した。


静岡1日目は、このお店だけで終わり。
長居しすぎました。

このあと、焼津グランドホテルに向かいます。


2011.02.22

japan.

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2010.10.21

龍生会館

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2010年11月に取り壊される、華道龍生派の本部、龍生会館。
編集局長にお願いして、最後に見学させていただきました。
昭和モダンの様相を色濃く残す建物。
とてもとても素敵な空間でした。

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2010.01.04

あけましておめでとうございます。

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本年も、よろしくお願いいたします。
皆様のご発展も願いつつ。

今年の目標というか、挑戦したいこと。

「新しい価値観を創り、育てる。」

大雑把に言うと、こんな感じです。

デザイン業界も、受注型事務所はかなり苦しくなるはず。
いや、すでに限界が来ている。
受注型のデザインモデルは、もはや東京でしか成り立たない。
(なりたっても、いろんな面でつらい。仕事少ないorしょーもない物いっぱい作らなきゃいけない、など)

地方でデザインを仕事とするにはどうしていけばいいのか。
ここを今年は徹底的に研究して行こうと思っています。

「ローカライズだけど、グローバル化」

東京の人口は日本人口の約1/10。
一都市として見れば、1/10もいるの!ってなるけど、
数字で見ると、9/10の大部分は地方なのだ。
東京でしか成り立たないビジネスモデル、デザインを続けていくのも、
結局は一地方である東京という地域でのみの話。
東京じゃすげーすげー言われていること、実家の親たちに話すと、???でしょ?

ローカルといわれている部分である9/10の方が、実はグローバルなんじゃない?
と気づいた2009年。
それじゃ、真のグローバル化に向けてなにかできないかなーと考えています。

2010年。
地方での新しいビジネスモデルの提案を目指す。
この考えを、なにかしら形として実行できたらな、と計画しています。

もっと、地方と東京を観察して、案を練る一年にしたいと思います。


2009.12.16

三日月。

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大治さんから、とっても綺麗な三日月が届きました。
やった!

この三日月、栓抜きなのです。

栓抜きって、キッチンの引き出しの奥のほうにしまわれちゃってることが多い。
でも、こういう栓抜きならば、無造作に机の上にあってもかっこいいし、邪魔じゃない。

使わないときは飾っておける道具。
隠してなくても、美しくて、視界に入るとちょっと幸せを感じてしまうもの。
ボクはこういうものが大好きです。
これなら、一生大切に使うよね。

*--

100均で買ったものを、なんども捨てて使うよりも。
リサイクル対応だという物を何度も何度も買うよりも。
どっちが本当にエコなのか、ということです。

最近のエコ商売には、かなりうんざりです。
もっともっと本質を考えようよ。


2009.11.18

フラット

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昔は論理でガチガチに武装されたデザインが好きだった。
グリッドシステムで・・・
人間工学的に・・・
こうい仕組みで・・・
みたいなの。
技術者出身だから、なにか理由というか、根拠をほしがっていたのか。

今は、そういうのはどうでもよくて、
ただ純粋に、「いいね」と思えるものを好む。

そうするために、いろいろな技術、手法は大切だけど、
それを使うことが目的ではなく、手段として使う。
手段であるその論理を表に出す必要はない。
そして、それを見る側に悟られてもだめだ。


*--

それは、茶道の所作に似ている。
まったく無駄のない、美しい作法は、見ていてもとてもとても気持ちがよい。
昨日のお稽古でも、先生が控え室にもどる動作を、仲間とずーーっと見ていた。
というか、自然と目が奪われていた。

自然と「美しいですね」「いいなぁ」と言葉がでる。
先生にとっては、自室にもどるという日常的な、普通のしぐさなんだけどね。
その普通がとっても美しいのだ。

お手前しているときは、だれもが美しくと意識するんだけどね。
それは当たり前で。
先生ご本人は、日常動作である、「自室にもどるしぐさを美しく」とは意識していないだろう。

デザインをする、ではなくて、自然と出る、にじみ出てくる。
そんな感じ。
さっと製作物をみて、なにもひっかかるところがない。
すっと入ってくる。
内容、デザインがフラットで、情報やデザインに段差を感じない。
そんなwebを作っていきたいね。

*--

自分の中でのシンプル思考がどんどん加速しているような気がする。
一消費者から見ると、ゴテゴテしたデザインや、
過多な情報はとても見る気になれない。
見る気力がでない。

情報が氾濫する現代。
それを自分の中で取捨選択する必要があるんだけど、
情報が多すぎて、選ぶのがめんどくさい。時間がない。
すぐ、探している情報が欲しい。
確信に近い情報が、手間をかけずに見つかって欲しい。
探すのが煩わしい。
ずっとPCの前にいると、そう思うことがかなり増えた。
きっと、これも年をとってきたからなんだろうな。

自分が欲しい情報は、ここにあるかな。
ちょっと読んでみようかな。
そう思わせるレイアウト、文字密度の調整を、ずっとしています。


2009.09.23

なる句、する句。

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日本の美意識 / 宮元健次より引用。


--------引用--------

句作になるとするとあり。
内をつねに勤めて物に応ずれば、その心のいろ句となる。
内をつねに勤めざるものは、ならざる故に、私意にかけてする也
(赤冊子 / 芭蕉)

すなわち、自らの心を責めず「重み」を通り抜けることのない者は「する句」となるというのである。
芭蕉の俳諧は「する句」ではなく「なる句」であると語っていることになる。

この「なる句」について彼は「栖去之弁」で次のように記している。

風雅もよしや是までにして口をとぢむとすれば、風情胸中をさそひて物のちらめくや風雅の魔心なるべし

つまり、心を責めて「重み」を通り抜けた後に、いわゆる魔心の誘いによって句がおのずと生まれるというのである。
いわば芭蕉の句は「私意にかけて」作られたものではなく「授けられた」句であるというのだ。

--------引用ここまで--------


日ごろ、広告で嘘はつかない、シチュエーションを作りすぎないってことを常に意識していた。
この意識を人に言葉で説明しても、なかなか本意が伝わらない。

この一節を読んで、あーこれだーって思った。
芭蕉は句だけど、これを自分のしていることに当てはめればよい。

芭蕉は旅という苦行の元、自分を責めた。
自分達はどう自分を責めて追い込めばよいのか。
悩んで悩んで、苦しんで、最後にぽっと出てきたもの。
それが「なるデザイン」だね。

INOMAの仕事も、まさしくそれだった。
ブランドを作りたいという発注から納品まで2ヶ月なかった。
その2ヶ月はほんとに悩みまくって、たっくさんのショップやギャラリーを見て周り、日本文化に関する本を読んだ。
とにかく情報をたくさん詰め込んで、それら情報をどう、今回の依頼に当てはめていくか。
新しいブランド、文化を創っていくか。

「するデザイン」が横行する今の広告業界。
意図的にするんじゃなくて、自然と出てくるもので勝負して行きたい。
ボクが尊敬する人たちは、みんなそんな感じで仕事しているように見える。

自然と出てくるまではかなりの鍛錬が必要だ。
日々の生活もないがしろにせず、そこすらもデザインの畑にしてしまう。
ここまでやりこまないと、真のデザインは生まれてこないな、と感じている。
日々の生活で意識していれば、INOMAの時みたいに、情報インプットに走り回る必要もなくなるだろう。
折形デザイン研究所や、さる山のように。

周りの人に、ちゃんと生活しようよーと言うことがある。
これは人間的、社会人的にしゃきっとしようって意味じゃなくて、
日々の生活も、デザインや、コンセプトワークや、ネタの畑にしようよってことで言っている。

とても難しいことだけど、この「なる句」の考えを引用すると、すんなりと人に理解してもらえるような気がする。


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「古池や蛙飛こむ水のおと」

この有名な句は、芭蕉が旅に出るときに決意を詠ったものだそうだ。
この句がなんで、旅の決意なの?
これを理解できないボクは、まだまだ人間的に未熟だな、と感じた。


2009.08.05

ハレとケ

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ハレとケという考え方。
ここ最近、ずっと悩んでいたことのヒントが、ここにあった。

こういう価値観を持っている日本人は、本当にすばらしいと感じた。
うすっぺらい、軽い和のデザインが氾濫する中、
もっと重いものを。
より、核心に近いものを。
日本人が、それが和だと気付いていないくらい、当たり前で究極なもの。
そういう日本人が古来から持っている、根底的な部分をどう表現に生かすか。

表面的に真似ただけのデザインではなく、
ちゃんと日本人の民族としての歴史にのっとった文化を理解した上でのデザインをしたい。

しっかりと根を下ろした、どっしりとした土台となる知識が欲しい。
日本人が、なにを感じ、それをどう生活に折りこみ、
どう変化してきたのか。
それらを理解したうえでの、今のデザインとこれからのデザインを。

自分の中でもやもやしていた霧が、ちょっと晴れてきたように思える。



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